○金曜日はモスクの礼拝の日で休日。ちょうど2週間前の5月13日、ジャララバード市内で礼拝後に行われたデモ行進が暴動に発展し、多数の死傷者が発生。SVAを含むNGOスタッフや国連職員全員がカブールに脱出するという緊迫した事態になりました。街は一見平穏そうですが、礼拝のある金曜日ということで、また同様の事態が起きかねないと事務所スタッフも緊張。日本大使館からも、状況把握のための電話も入りました。
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○こうした状況で、予定していたゴシュタ郡のドゥダラク小学校の建設予定地視察は取りやめ。ダライヌール郡のSVAスタッフの実家に待避して様子を見ることになりました。最悪の事態を想定し、場合によっては、そのまま国外に脱出することもできるよう荷造りをやり直し、朝10時ゲストハウスを出発です。
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○2週間前デモ行進がスタートしたというモスクの前を通って市街地から農村部に。カブール川は豊かな水を湛えており、途中日本のODAでつくられたという灌漑設備もありました。ダライヌール郡に入ると、道の両側に広い麦畑が続き、ちょうど刈り入れと脱穀の時期でこどもも大人も働いています。目の前に雪を冠した高い山々が見えます。
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○川添いの緑豊かな村で、ペシャワール会(中村哲代表)がつくったという井戸を見学。5世帯に1個くらいの割合でたくさん井戸を掘っているとのことです。今年は、大雪も降り川の水量も多いのですが、タリバンが支配していた時代には、5年間ぐらい全く雨が降らない干ばつが続き、井戸がなくて大変だったとのこと。水があるところには、人が集まり、作物が育ち豊かな村ができています。
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○12時過ぎ、ダライヌール郡カライシャイ村のSVAスタッフの実家に到着。スタッフのお兄さんが村のパウチャー(長老)とのこと。家の真ん中には、樹齢300年はたっていると思われる巨大な桑(マルベリー)の木があり、素晴らしく涼しく快適な空間をつくっています。ゲストルームが古くなって壊れたこともあり、桑に木の下に6つのベッドをコの字型に置いたゲスト・スペースとなっています。村のジルガ(会議)もここで開かれるとのことです。
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○心づくしの昼食をいただきました。ナン、鶏の煮物、牛肉の煮物、サラダ、飲み物は定番のペプシと豪華な料理。料理を運ぶのはこどもたちで、黙々と働きます。女性は料理をつくるだけで、こうした場所に顔を見せることはありません。アフガニスタンの食事は黙々とたっぷり食べるのが習慣。残った料理は、お母さん、こどもたちのお腹にこれから入るようです。
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○山本さんと渡部さんが女性の部屋や炊事場などを見せてもらっていましたが、部屋には家具らしいものもほとんどなく、調理もかまど一つで行われていたとのこと。アフガニスタンの農村の厳しい生活環境が伺えます。歓待いただいた豪華な昼食をつくるには、おそらく朝早くから調理にかかりっきりだったろうと思われます。
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○1時間ほどの昼寝の後、お茶の時間にパウチャーが空気銃を持って出てきました。15メートルほど離れたマッチ箱を的にして射撃練習が始まります。ソ連軍との激戦があった村と言うことで、若者はムジャヒディンと呼ばれるイスラム戦士として戦い、そのなごりでどの家にもいざというときのための小銃が置かれているとのこと。近くの峠には、ソ連軍の監視所跡があり、山岳地帯にまで戦争の爪痕が深く残っています。
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○つい隣りのプライベート・モスクに村人が集まりお祈りをしていましたが、一段落し落ち着いたところで周囲を散策。小麦の畑、柿の木、バナナの木(今年は35センチもの積雪で枯れたとのこと)などがあり、魚の養殖も行われていました。川は石積みできれいに整備されており、草も家畜が食べたのでしょうか、きれいに刈り込んであります。昔、こんなところで遊んだな〜と郷愁を感じます。
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○桑の実がどっさり出てきて、おやつにいただきました。結構おいしかったのですが、どうもこれが悪かったのか、後でお腹の調子が・・・。熱処理された料理はいいのですが、どうしても水でやられるとのこと。ラジオでジャララバード市内の様子を確認。この日パキスタンの首都イスラマバードでの自爆テロで数人の死傷者があったとのことですが、アフガニスタン国内は平穏だったようで、みんな一安心。
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○4時、パウチャー一家に別れを告げ帰路に。道々にこどもたちの姿が見えます。この村の住むパシャイ族の女の子はとてもきれいです。紀元前アレキサンダー大王がこの地を征服したときの末裔と言われており、金色の髪、彫りの深いギリシャ系の顔立ちです。日本に支援でできた小学校があります。ちょうど結婚式にも出くわしました。
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○村や道沿いにお墓があります。比較的新しい墓石(といってもそこいらの石が置かれているだけ)を見ると、つい最近まで多くの人が死んだことがわかります。だいたい半分は戦争で、半分の半分が殺人で、残り半分が病気などで死亡したとのことです。
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○ジャララバード市内への入り口、カブール川を渡る橋には、魚料理の店が出されています。内陸国でほとんど魚を見ることのないこの国では、結構人気のようです。中州への渡し船も出ており、休息日の金曜日にはピクニックで大盛況。でも、ピクニックに行くのは男ばかりで、酒も飲まない男たちが弁当を持ってピクニックに行くというのもどうにも奇異な感じ・・・。6時ゲストハウスに無事到着。何もなくて「ホッ」とです。
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○ジャララバードで過ごす最後の晩餐となりました。緊張と蓄積された疲労でみんなぐったり。昨日残ったジャポニカ米でお粥となりました。お茶漬けのりやインスタントのみそ汁など、本当に重宝だな〜思います。
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